四(露国の「スコプツエン」派の信者に就いて)

露国の「スコプツエン」派の信者に就いて、タンドレル・グロツスが親しく研究した処に依れば、彼等去勢者の身体の変化には二種の型式がある。第一型は上下両肢共に甚だ長くして身長大に、一定の体部、例へば下腹、陰阜には脂肪職の増加を認めるが、併し第二型のものに比すれば比較的に痩形の方である。第二型に於ては身体の脂肪織著しく増殖して甚だしく肥満せるが特徴で、上下両肢は普通人に比すれば長いけれども、併し第一型に於けるが如くに著しくは無い。而して第一及び第二型のものに共通せる特殊の全身変化は、身体の活力に乏しく、歩行綬漫で、顔面の皮膚は黄色を帯び、早くから数多の皺襞を生じて老人の如き外貌を呈し、頭髪及び眉毛は善く発育すれども鬚髭は発生しない。但し高齢に達せる者に於ては多少発生することもあるが、それさへ口角部と頬部とに限られてゐる。腋毛陰毛も少く、躯幹四肢の体毛は全く欠如し、喉頭は普通の男子のやうに発育隆起せず、従つて音響も依然小児的であり、陰茎の発育も不完全で短小である。

さりながら性欲に至つては必ずしも消失するもので無く、また幼年時代に去勢せる者に於ても、性欲の欠乏せざることはタンドレルの認めた処である。またべリカンの説に依るも、思春期に去勢した者は猶は性欲を有し、身体既に成熟せる後に去勢した者に於ては、其の性欲は殆ど変ることが無い。此様な事実は嘗て支那に於ける仏国公使館附の医師マリノンによつても認められ、少年時代に去勢せられた支那人が必ずしも其の性欲消失せずして婦人社会に出入し、性欲を満足する者のあることが報告された。また同じく仏国の医家マリーも小児時代に去勢した埃及の一男子が、外観上女子の如き体質なるにも拘はらず、劇しき性的興奮に悩み、未知の女王と相触れて快感を覚えると云ふ一種の妄想を抱けることを記した。其の他、ギナールの説に依るに、去勢後も猶ほ久しく性欲が存続し、外界の刺戟によつて著しく発揚興奮する者がある。また韓国に於ける去勢者に就いて、小山善氏の実験せられた処に徴するも、彼等の中には私かに妻妾を蓄へ、その富裕なる者は蓄妾数人に及ぶ者もある。而して彼等の妾を弄するや、徹宵連夜飲むこと無く、また性交中屡々妾を殴打し、或は顔面手足を咬噛するが如き暴行をなすことがあり。且つ嫉妬の情、常人に比して概して甚だしいと云ふことである。

されば去勢すればとて性欲が必ずしも減退消失するに限らない。固より幼児時代に去勢された者は概して性欲の発育が微弱で、支那に於ては十歳以前に去勢した男子は絶対的に清浄無垢なる生活を送り得らるゝやうに信ぜられ、また黒奴の去勢するスタムブルに於ては、陽勢を能ふだけ早く亡くするために幼児時代に去勢を実行する風習もあるが、併し小児期に去勢したればとて、必ずしも性欲の欠乏を来さゞることは前述の事実に徴しても明かである。