『日本紀』神代の巻に曰く、
陽神先唱曰二美哉善少女一、遂将二合交一、而不レ知二其術一、時有二鵲鴒一、飛来揺二其首尾一、二神見而学レ之、即得二交道一、
陰陽の二神が鵲鴒の首尾を揺かすのを見て、始めて性交の道を知つたといふ伝説は、此の『日本紀』の記事の如くであるが、併し私等の見る処では、此の伝説は恐らくは吾国固有のもので無く、「アイヌ」の神話が混入して、変形潤飾せられたものらしく思はれる。
ジヨン・バチエラーの著『アイヌと其の民族説話』Ainu and their Folkloreの中に記する處に依れば、アイヌは鵲鴒を『情慾の鳥』(オチウチリ ochiuchiri)と称し、神が人間を作った後、此の鳥が人の前に来って子孫を生殖するに必要なる交接の道を教へ、その親切なる教によって人間は此の世界に繁殖したと信じてゐる。この伝説は『日本紀』に於ける鵲鴒伝説と殆ど揆を一にしたもので、而も之が吾国の伝説より以前にあったことと思はれるのは、アイヌの伝説に於ては鵲鴒を以て世界の開闢に最も重要なるものとし、神が天地を創造した時、特に一羽の鵲鴒を天上から降して、神の自ら開拓した地に飛び下らしめ、尾羽を揺かして大地を平坦にせしめたといふことが詳細に説いてあるからで『日本紀』に於ける断片的記事の如き簡単なものでなく、アイヌの世界創造神話に於ては、鵲鴒は実に重要の位置を占めてゐるのである。それが日本人に伝はり人間の祖先なる陰陽の二神に、鵲鴒が性交の道を教へたといふ伝説に変形したのであらう。それが『日本紀』の神代史中に収録せられるに至ったがため、鵲鴒伝説は人口に膾炙せられるやうになり、千古の女流詩人和泉式部をして、
逢ふことを稲負ふせ鳥の教へずば 人は恋路に惑はましやは
(和泉式部集)
と詠ましめ、また寂蓮法師をして、
をみなへし多かる野べの庭たゝき
さがなきことを人に教へそ
(夫木抄)
と詠ましめるやうになった。稲負ふせ鳥、庭たたき、いづれも鵲鴒の邦語である。