女性間に於ける同性愛、即ち「トリバヂー」を好む女性の中には、社会の慣習、処世の必要等から、已むを得ずに結婚する者も尠く無い。併し元来、異性に対する愛情が薄く或は殆ど欠如してゐるから、仮令ひ一度は綿婚しても決して永続きはせず、早晩離婚沙汰が持ち上るやうになる、マンテガツツアーは、兎角夫婦間に愛情の成立せずして、いつも感情の融和を欠き、不幸なる家庭生活を送つてゐる者の中、他人が之を見て其の不和の原因を明かにすることの出来ない者の多数は、同性愛を好める女子を妻にしてゐる者であると云つたが、此様なことは恐くは世間に稀有で無からうと想はれる。マルチノー及びモルスは既婚の婦人が其の夫に隠れて他の女と契つたことを詳細に記述したことがあり、又た、ヂユウセは、千八百七十七年巴里に開かれたる人類学会に於て、既婚の婦人が他の未婚の女と私通して、其の夫より受けたる精液をば其の女に移して妊娠せしめたといへる殆ど信ずることの出来ない程の珍奇の実例を報告した。キツシユの説に依れば、欧洲に於てトリバヂーの盛んに行はるゝことは意想外で、現に上流の婦人中には青春の時期が経過しても結婚することを欲せずして同年或は年下の女を情人とし、相携へて長途の旅行を企るやうな者の多いことを挙げ、又た、此様な婦人にして神経病性素質を有し、或はヒステリー、癲癇等の傾向を有するものであれば、遂に性欲倒錯症に陥つて了ふことを述べた。タキシルの説に依ると、仏国の巴里にては、既婦の婦人中に可なり盛んに「トリバヂー」の行はれ、ことに貴婦人社会に於て最も甚しとある。啻に上流の婦人ばかりで無く、売笑婦間にも屡々之を見ることが出来る。パラン・ヂユシヤトレーは、仏国の娼婦は多く二十五乃至三十歳位から之を始めるやうになるといひ、ロムブロソーは、其の検査したる百〇三人の売笑婦中、五人に於て同性愛を好むものを看出した、思ふに売笑婦の中に之を事とする者のあるのは、数多の男子に接して之に飽き果てた結果、新しい刺戟を要求せんとするに出づるのであらう。又た、独逸にては、モルの説に依るに、伯林の売笑婦の二十五%は「トリパヂー」を行ふとのことである。
欧洲に於て現今と雖も、如何に「トリバヂー」の盛んに行はれてゐるかは、ウルリックスの二百人の女子中一人に於て同性愛の醜行を見るの比例なりといへる所説や、クラフト・エピングの一万三千人の女子中、十四人に於て之を見、又た或市の如きは人口六万人中、少くとも八十八人は之に耽るを見るとの記事に徴しても推知し得られる。マンテガツツアーは、倫敦に於て一婦人が恰も男子の如き服装をなして既に三回も同性と結婚したる実例、及び二人の女が三十年間も夫婦同様の生活をたしたる例証を挙げた。