『中条で、たびだび堕ろす蔭間の子』といふ川柳があります。浮気な後家や芸者や娘などが蔭間を買つて妊娠しそのため中条流の女医にたのんで堕胎した者の多かつたことが分ります。蔭間は異性の相手にもなつて盛んに色を売つたものですから、遂に天保十三年、水野閣老の疾風迅雷的な風俗革新の断行によつて他の私娼と共に禁止されたのであります。