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江戸時代に於て、劇場の得意客の一は御殿女中でした。平素は大奥の別乾坤に住んで異性に接触するの機会のない彼女達は、毎年春三月の宿下りには必ず芝居見物に出かけたものです。それ故、三月の春狂言には特に濡れごとの狂言を演じて彼女達の意を迎へました。淫靡な舞台動作と俳優の水の垂るやうな艷姿妖態とに魅やられた彼女達は演劇が終つて後、芝居茶屋へ赴いて各自に好きな役者や蔭間を呼びよせて廿い歓楽に陶酔したのでした。御殿女中を始め、浮気な後家や娘やらの密会所といへば芝居茶屋が普通で、その中にも劇場の裏通りにある中茶屋、小茶屋、即ち裏茶屋なるものが秘められた歓楽境として非常に繁昌したそうです。