湯鳥の蔭間茶屋の遺跡に就て少しくお話いたしましやう。関東震災後は如何うなつたか存じませぬが、湯島の切り通しから鳥居をくゞると、直ぐその向ふの方にある料理屋の魚十の門近くに一株の柳の樹が見えます。このあたりがその昔、藤村屋、加賀屋、三谷屋、津質屋、千代本などと云ふ蔭間茶屋の軒をならべた処であつたさうです。そうして、此の柳は加賀屋抱への松次といふ蔭間が植えたものだそうで、その由来を聞きますと、ある年の初卯に松次は馴染みの客につれられて亀井戸に参詣し、その帰りに肩にしてゐた萠玉の柳をば何心なく地に刺したのが、根をもち枝を垂れるやうになつて、遂に老幹となつたとのことてす。